【第三十七夜】 いちばん古い想い出

僕のいちばん古い想い出ねえ、そりああるよ、でもねえ、それがいちばん古いかどうかよくわかんないんだけどねえ、でももう、それが夢か想い出かよくわからなくなってるけど、よく想い出す光景があるわけ。

それがさあ、僕がまあ三歳か四歳か、そのくらいのころだね、きっと。そうそう、ついこのあいいだDVDでみた≪Always 三丁目の夕日≫って映画あったでしょ?そう日本がまだ貧しかったころでねえ、家だって貧しかったさ、みんながどこでもそうだった。

でねえ、ある気持ちのいい朝なんだよね、日が暖かく照っててさ。でねえ、母親がね、陽射しのいいところに洗濯物を干してるわけ、で、僕がこう、その足元を追い回してね、母親からうるさがられて、あっちへ行きな、なんていわれるてるんだ、ね。

でもちっとも怖くないわけさ、どころか、なんかこう、幸せな気持ちにつつまれてるんだね、これが。

母親だって、いまみたいにおばあちゃんじゃなくて、もうこれが若い奥さんみたいなわけね、だってもう50年前のことだもんね。そのせいで、こっちも幸せなのかなあ?それだけじゃ、ないんだなあ。その光景ぜんたいが、そうなにかこう、光につつまれてるんだね。

でね。いつか母親にそんな光景を憶えているかどうか、たずねてみたことがあるんだよね。

それがね、実に驚くんだけどさ、もうぜんぜん幸せどころじゃなかったんだってさ。それはひとつの事件だったって云うんだね、母がさ。それでよくそのことを記憶してるそうなんだ。

ん、実はね、その日ねえ、僕は大怪我をしたらしいんだよね。いやもう、こっちはそんなことはぜんぜん憶えちゃいないさ。

まあ、そうあせるなって、いまから話すからさ、そうせかせないでよ、ね。

実はさ、たしかに母が洗濯物を干してて、僕がその腰にまとわりついてたそうなんだ、それで、その後にさ、僕がころんだんだってさ。そんなことか、ってことはないだろ?ただ転んだわけじゃないらしいんだね、これが。

僕はそのとき、あめん棒かなんか口にくわえてたらしくって、ね、で、その棒が喉に刺さっちゃたらしいんだね。うっ、って、まあそりあ痛かったろうさ、血もいっぱい出たみたい。

それでね、死んでもおかしくない状況だったらしいよ。えっ、もちろん死んでなんかないさ、これって僕の話なんだぜ、しっかりしてくれよ。えへへ。

ところがさ、その事件がさ、僕の記憶からはもうすっかり完璧にぬけ落ちてるわけさ。痛かったとか血がいっぱい出たとか、もう完全に憶えておりません。

その後のことはどうしたかなんてのも、もちろん憶えていない。まあたぶんお医者さんへ担ぎ込まれたんだろうさ。

大人になってから、こういろいろと心理学の本なんか読むじゃないさ、で多分こういうことだと、思うんだな。つまりさ、それはやっぱり僕本人にとっても一大事だったのね。死ぬんじゃないかと思われるほどの大怪我だったんだものね。

ところが、その痛烈な痛みとかたくさん出た血とかはさ、これを完全に意識の上からきれいになぎはらって、無意識の中におしこめちゃったんだろうね。で、そのかわりにきれいな暖かい想い出としてだけ記憶してる、ってわけ。

でもね、いまでもその光景を想い出すたびにさ、それはやはりほんとに懐かしく幸せな気分になれるんだよね。母からそんな話を聞かされたあとでもね。

不思議っていえばそりあ不思議だけど、人間の意識や無意識ってそもそも不思議なものなんじゃないの?いろんな学者先生があれこれ探ってはいても、まだはっきりとは解明されてないんだろ、人の無意識って、さ。いったいどうなってるんだろね?

さて、ところで君の番だよ。

そう、こんどは君のいちばん古い想い出を話してくれないか?


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この記事へのコメント

にほんはにほん
2008年02月08日 19:27
起きたら絵を描いた上で机に頭を載せて寝ていたのに気づいた…というのが現在に続く連続した記憶の最初のような気がします。4歳?
その前かどうか…おそらく2-3歳の断片的な記憶では幼い頃にいた家の記憶がわずかにあります。布団から起こされた。おじやを食べた。そこから少し記憶はなく祖父母の家で椅子を気に入っていた…デザインも思い出せます。帰る時もまだその椅子に執着していましたね(笑)。その後はまた布団で寝たとかすかな記憶。小さなアクセサリーケースと電話器。それとは別に母が近所の人と挨拶している日中の記憶もあります。後で聞いたところではその年に祖父母の家に引っ越したようです。ですので覚えている割に境目がはっきりしないんですね(笑)。
マルコおいちゃん
2008年02月08日 22:35
にほんはにほんさん、
コメ欄に書いてしまうのはもったいないので、ご自分のブログにエントリーされてはいかが?
sternenlied
2016年08月01日 17:54
こちらへのコメントに初チャレンジです。ウマクイクカシラ。

事故があって肉体的には苦しくても、意識されていた魂の記憶には幸せな感覚が残っていたってこと、なんだか分かるような気がします。それについて書いていたら長くなりそうなので省略しますが。

私も以前の記事に「自我意識」というタイトルで一番古い記憶について書いたことがあります。それをちょっと主要なところだけこちらに書いてみたいと思います。

自我意識とは自分が個として存在していることを認識す
る意識ですが、幼い頃、この自我意識を意識したとても印象的な瞬間があったのを覚えています。3、4歳位の時だったかな、 近所の生垣の前で、濃い緑色で肉厚で流線形の葉っぱのつやつやとした表面に眩い陽光が反射して、キラキラとダンスする光を魅せられたように一心に見つめていました。丁度その瞬間、私は自分の体を私だと自覚し、同時に周りの情景を意識してとらえたような感覚がありました。それまでは、私の意識は無形の意識のようなもの。体にまだ固定されていず、体や体験している事を、まるで夢の中の出来事のように離れた所からぼんやりと漠然と眺めていたような感覚に近かったと思います。自我意識の目覚めとともに、体験することが記憶され始めたようにも思えます。劇作家の木下順二氏は自分が赤ちゃんだった時寝かされていた周りの情景の記憶があるそうですよ。

同じく、3、4歳の頃にとてもリアルな不思議な夢を見たことがあって、その夢の意味が知りたくて、精神世界の謎を探求してきたようなところもあるのですが、それを書くと長くなるので、別の機会にでも。
2016年08月03日 05:00
コメントありがとうございます。
ちょうどこのころユングの自伝「Erinnerungen, Träume Gedenken」を読んでいて印象的な彼の人生最初の夢に吃驚したのでした。だいたいこのブログのタイトル「夢想千一夜」とブログ紹介「Meine Traeume und Erinnerungen夢と想い出のなかだけにしかないもの」となっているくらいですから、おもにユングの強い影響下にあったのでした。

高校生のころフロイドの「夢分析」を読んで強い違和感を覚えその後深層心理学からは遠ざかっていましたが、ドイツへ来てからユングを読むようになり、フロイドとはまったく正反対の実に豊かな「無意識」の作用を知り面白くて仕方ありませんでした。その影響は「シナの変容」にも如実にでていると思います。

その後はとくにシンクロニシティの概念や働きを知るにつれ自己意識よりはもっと広い意識についての興味が募りました。それで自己探求よりは世界を見つめることに集中するようになり写真撮影に熱中しています。

いずれまた意識や思考の変容が起こり次の段階へと踏み込む秋がくればいいな、と思いますが。もしそれが来ないとしても世界を見つめる作業は続けてゆくつもりです。

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  • 一番古い記憶

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