テーマ:フランス租界

【第二十四夜】 人生でいちばんさびしいクリスマス

錦江飯店のむかい、茂名路をはさんで西側に錦江倶楽部があった。元来ドイツ・クラブであったものを、第一次大戦戦勝国フランスが接収してフランス・クラブとして使用していた。赤化後は中共高級幹部のクラブとなり、わたしたちが上海にいた当時は一般に開放されてまもないころであった。その後、プリンスホテルの投資により上海花園飯店となった、ということだが、…
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【第十二夜】 フランス租界から来た朝鮮人

上海旧フランス租界を東西に横切るメイン・ストリート淮海路の南を平行して、復興路がやはり東西に通じている。その東端は南市とよばれる本来の上海城市にあるから、この通りはシナ人居住区とフランス租界を繋いでいることになる。 しかし復興路を西へ進むとやがて淮海路と交差したのち西北へ向きを変え、ついには李鴻章別邸(現・丁香公園)脇で華山路につ…
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