テーマ:北京

【第四十八夜】 長安街を行くバス

北京の人々は、上海のそれとくらべておっとりとして礼儀をわきまえた振る舞いをするな、と感じたのは、上海に住んでからのことだった。 とくにお年寄りの方たちの、こちらが礼を示したときのきちんとした対応は好ましいものだった。 上海では、こちらが外国人とわかっていても上海語で押し通す強情さがあった。あれはきっと北京語を話せないからだと…
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【第四十四夜】 桐の花

不吉な夢に目覚めると、ざらざらとした枕がほほに触れた。 ナイト・テーブルの上にもうっすらと細かいパウダーのような砂が積もっている。 今日も外は黄沙が吹いている。この部屋は南向きなのに、コの字に設計された建物のせいか、風が巻き込まれるようで、やはり窓にはときおり強い風が吹きつける。 こん…
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【第三十六夜】 沈黙の群衆

当初、イザに発表し、のちに「シナにつける薬」にも採録したものです。 始めてシナを訪れて以来今日まで、ここに述べたような、シナの民衆に君臨する「大王」への感想は基本的には変っていません。 再採録にあたり若干の字句をあらためました。 こんな夢を見た。 黙りこんだ群集が路地という路地か…
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【第三十四夜】 悪夢のショッピング・センター、資本主義の神殿

それはどこの国のことだったろうか、どうにも判然としない。どこにでもあるようなショッピング・センターのなかであった。それは、香港新世界中心だったかもしれない、あるいはパリのレ・アルのようでもあるし、アムステルダムの元中央郵便局か、ひょっとして北千住駅かもしれない、いずれにせよごくありふれた雑踏のなかにいる夢なのであった。 実は、わた…
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【第二十夜】 老舎を想う

おさない息子と自転車で北京のあちこちを巡り歩いた想い出は、<【第十六夜】北京自転車散歩>で述べておきました。これはそのとき訪れた孔子廟での雰囲気にひかれたことと、かってそこでくり広げられた残酷な赤色テロに思いを致して書いたものでした。 元清朝の東宮で雍正帝が皇太子時代に住み、乾隆帝もそこで生まれたとされ、その後ラマ教寺院となり雍和…
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【第十六夜】 北京自転車散歩

自転車の荷台につくりつけた子供用のいすに、ちょこんとすわった息子の夢を見た。三歳か四歳のころで、まだ日本語も話しかけていたころだ。あれから幼稚園に行くようになって日本語は拒否するようになってしまったから、わたしにとっては、あのころが息子とのつながりがもっとも密接なころだったかもしれない。 それでその懐かしさにあんな夢をみたのだろう…
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