【第五十九夜】 金儲けの秘密

前々回で述べた上海の某大学専家楼の責任者はもちろん党員だった。その名を仮にZ先生としておく。彼は北京人だが上海へ来た経緯は知らない。興味があったが彼は語らないのだ。

訛りの強い上海人とちがい、Z先生の普通話は北京方言の語尾のR化はなはだしいとはいえ耳に心地よいものだった。彼は党の路線に忠実ではあったが融通の利かない堅苦しい人物ではなかった。

わたしのような一留学生にたいしてもいつも微笑みをたやさず丁寧に応対してくれたものだ。また彼の部下たちも彼の人柄が反映してか皆気持ちのよい人々だった。ゆえに外国人教師たちからの評判もよかったのは当然である。

それが彼の性格なのかもしれなかったが、あるいは彼の職務上の責任感による成果だったのかもしれない。


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Z先生はそれでもわたしより十歳上程度の若い中堅幹部であった。わたしが上海を離れてから一度だけその所属する大学の代表団の一員として東京にやってきたのであったが、わたしは会いに行かなかった。

彼の聖域である専家楼事務所での腹蔵ない会話とはちがい、他の団員の前では正直なこともしゃべりにくいだろうと勝手に判断したからだ。それでもやはり顔を見せておくべきだったろうか。その後、彼とあう機会はまったくないからである。

世紀末の年の一度だけの上海再訪でも彼と会う機会はなかった。

というのも彼はその後大学を離れ独立し、いまやそのあたりでは有名なレストランのオーナーになったということであったからだ。


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しかしそれもまた党の路線だったのだろう。彼にとっては、「先に富める者から富め」という鄧小平の政策に素直に従っただけなのである、とわたしは考える。

発財(金儲け)も、彼のその生真面目な仕事の仕方でなんなくやり遂げた様子が目に浮かぶようだ。

もしもういちど上海を訪れる機会があればZ先生を訪ねてみたい。そして金儲けの秘訣でもうかがいたいものだ。しかしそれも党内の秘密であるかもしれない。


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