【第五十三夜】 岸辺の鳴き声

それはたぶん寒さがわたしにそんな夢を見させたのであろう、と思う。事実、寒さで目が覚めたのであったから、そのとおりなのであろう。と信じたい。

わたしは暗い岸辺にいた。

もう雪は止んでいたが、日暮れが近づいていた。

このまま茫々とした荒れ野で夜を迎えるわけには行かない。しかしわたしはぜんぜん急ぐ気持ちや焦りはなかった。

目前に広がる荒れ野と見えたのはどうも大きな池らしい。そこに雪が積もっているのだ。その下は厚い氷が張っているにちがいない。

時折、強い風が吹き積もった雪を巻き上げ、まるで吹雪のようにわたしに吹きつけてきた。

薄暗い視界の向こうにかすかにまたたくものがある。それはたぶん人家の灯りに相違ない、そう信じて進んでゆくと、

右手のほうから、まるで大きな波のような雪のうねりがわたしの方へ向かってきた。

それは津波のようにわたしを呑み込みそうに見えたので恐怖に足が止まった。

しかしそれはたぶん幻想だったのだろう、わずかの雪がわたしの足元を風に流れて行くのが見えただけだった。

何者か岸の向こうで鳴く声が聞こえた。

鳥のようなあるいはサルのような引きつるような連続した鳴き声が薄闇をついて聞こえてきたのだ。

とすると向こうに見える人家で買われている家畜なのだろうか。

しかしあのぼんやりと見える明るいものが灯火であるという確信はない。ただ漠然とした期待とともにそう感じるだけなのである。

そのとき、ふと恐ろしい想像がわたしをとらえた。

わたしの足元は凍った池ではなく、滔々と流れる大河ではないのだろうか、という理由のない思いつきである。

わたしはただ固い氷と信じた何物か上でただどこへとも知らず流され続けているだけなのかもしれない。

もうあの明かりも見えず鳴き声も聞こえない。ただ飄々と舞う風花が寒さをわすれさせるほど美しくわたしの前を吹きすぎて行くばかりだ。


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