【第四十夜】 浄土から飛んできた霊峰

前回の第三十九夜でのべたとおり1980年に上海と杭州をおとずれたことが、わたしの最初のシナへの旅でした。結果的にはそのことがいっそうシナへとわたしの心身をのめりこませることになった「心の旅」になってしまったのでした。

もうそのころは大学でかじったシナ学も忘れかけていましたが、その旅から帰って再度シナ語学習にうちこむということにもなったほど、実際に自分の身をシナの地においてみたことの意味が、深く静かにわたしに影響を与えてしまったことに徐々にきづいていったのでした。

ではいったい何がそんなにもわたしをシナのほうにひっぱっていったのかと後に考えてみたのですが、どうもそれはやはり仏教ではなかったかと、思いつくようになったのです。

共産党の革命により建国され、さらには「文革」という未曾有の混乱を経ているにもかかわらず、そのときのわたしも目と感覚にうったえてきたものは、社会主義社会のそれではなく、どこか深い低層から吹き上げていた古いシナの表徴だったのです。

そして人々の精神世界を規定しているのがマルクス主義や「毛沢東思想」などの世界観ではなく、仏教・道教・儒教が渾然一体となったシナ的霊性ではないかと考えるようになって行きました。

その後、上海へ遊学し一年あまり暮らしながらその思いはますます強まってゆきました。また杭州へは前後して計六回おとずれることになりましたが、その地のもつ不思議な霊的な雰囲気にはさらに深く引き込まれるようになってしまいました。

そのきっかけとなったことのひとつが、前回のべた上海龍華寺の弥勒菩薩像であったのですが、もうひとつが杭州でのやはり弥勒をめぐる体験でした。

杭州という美しい街について、武田泰淳に『美しき湖のほとり』という作品があります。シナをめぐる武田の初期の作品群になかでの秀作のひとつで、彼の従軍時代の思い出にまつわる不思議な出来事を、美しい西湖の雰囲気をよく伝えながら武田らしい人の愛憎をも表現しています。わたしが何度もくりかえし読み直す小説のひとつです。

その読書体験がどれほどわたしの杭州感に影響を与えていたのかは知りませんが、わたしの杭州の第一印象は、美しくも深い霊性につつまれた場所、というものでした。

その杭州の印象が、わたしのシナへのかかわりを決定してしまったのかも知れません。そうでなければその後何度も自然とひきつけられるようにその地を訪れた理由がわかりません。

不愉快なことの多かったわたしのシナでの生活でも、杭州ばかりは例外でした。それはそこに暮らす人々にもある種の言いようもない何者かの力が作用しているからかもしれません。その力は、人ばかりではなく植物や野鳥などのすべてに感じられるように思われます。

さて、肝心の弥勒をめぐる体験にふれるスペースがなくなってしまいました。次回をお待ちください。


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