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zoom RSS 【第三十三夜】 真砂坂上の三十三間堂

<<   作成日時 : 2008/01/20 20:30   >>

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小石川伝通院近くに住んでいたころ、その部屋のあまりに狭さにどこかもっとひろいところへ引っ越そうと考えるのが常だった。ある人が、それなら住宅公団に応募してみたら、としきりに薦める。

部屋は広くそれに比して家賃は廉いから、というのがその理由であったが、難点は応募してもなかなか当たらない、ということだ。それでも根気よく応募してはずれつづければ、そのうち優先的にあたるようになる、ということだ。

そこで九段下にあった住宅公団の広報事務所に案内書をとりにいった。見ると、ほとんどが千葉とか埼玉であったが、一件だけ本郷真砂町というのがあった。小石川からも近いし、約40uで家賃が98000円、そのころ住んでいた1DKのほぼ倍の広さで家賃は10000円ほど高いだけだ。しかも床が板張り、こころがときめいた。

真砂町ときいて妻が笑い出した。

真砂町の何がそんなに可笑しいのか、どうにもわからないのでたずねてみた。すると「まさごさかうえー、まさごさかうえー」と唱える。

ははあ、そうか。それは上野から春日通をまっすぐに湯島本郷を経由して小石川へつうじる都バスの停車場アナウンスの録音の声の物まねであった。本郷三丁目の交差点をすぎていよいよ小石川へと真砂坂を下る、そこが真砂坂上である。

女性の声で次の停車場を告げる、その「まさごさかうえー」という声の響きとアクセントが彼女にはどうにも可笑しいらしい。

あともうひとつ可笑しいのがある、と彼女はいう。

「かわらまちさんじょー、つぎはかわらまちさんじょーでございます」と今度は関西風のアクセントでまねる。

そういえば二人で何度かおとずれた京都で、泊まる宿はいつも河原町三条近くの、町屋をホテル風に改築した外人観光客用のものであった。あちこち観光して宿に帰る、バスがその近くの停留場に近づくたびに、そのアナウンスが響き、そして彼女が笑う、ということがあった。

日本語ってシナ語とはぜんぜん違う響き、と彼女はいまさらながら言う。やわらかくて、そしておだやか、日本の文化そのものだ、と感心する。

なるほどねえ、英語やドイツ語とばかり比較するから違うのはあたりまえで、その違うことがあまり意識されないが、シナ語とシナ社会シナ文化と比較すれば、同じような顔つきの人々が住むだけに、日本語、日本社会、日本文化との違いはきわだっている。

彼女にとっては、留学先の上海からやってきて、はじめて訪れた京都や奈良の神社仏閣のおちついた静けさ、清潔さ、文物の管理整備のよさ、それに参観者の秩序だった言動が、シナのそれと比較して清冽な印象を残したようで、いっぺんに日本が好きになったということだ。

その印象と都バスのアナウンスの録音はどこかで深く結びついているらしい。



その夜、わたしは夢で上野からいつものように池袋行きの都バスに乗った。本郷三丁目をすぎると、女性の声でアナウンスがあった。

「つぎは、まさごさかうえー、まさごさかうえーでございます。さんじゅうさんげんどうにおこしのおきゃくさまは、つぎでおおりください」

あれっ、いつから三十三間堂が本郷にひっこして来たのだろう。きっとアナウンスが、河原町三条とまちがえたのだろう、と思った。なるほど、そういえばその声は妻のものだった。あいつなら、それくらいの間違えはするはずさ、と今度はこっちが笑った。

今になってみると、伝通院そばの暮らしは、小さくて狭い部屋だったが、それなりに幸せな日々であったと想う。昭和がもうすぐ終わることをそのころはまだ知らなかった。

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コメント(20件)

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こんばんは〜!!!

うぅ〜ん、ええ話や・・・
よよよ・・・・・(;w;)
会ったことのないおいちゃん様の会ったことの無い愛妻さんの笑顔を想像。

(・w・)つ)) ぽちっ!!
6
2008/01/20 22:46
こんばんは〜
本当にほのぽのするような日常会話に仲の良さが現れていますね〜
昭和が終わろうとしている時・・・11月に実は京都に行っていました。観光ついでに京都御所で昭和天皇の御病気快癒祈願の記帳をしてきました。
バスのアナウンス・・・面白く聞こえるのですか・・・抑揚を付けた言い回しが面白く聞こえるのでしょうか?

あ、そうそう、お兄ちゃん!私はいつも夜は寒いんですよ〜 旦那とは別室ですから。
元々お互いに仕事や読書を自由に出来るようにと最初から別室なんです。
今は私が3階、旦那は1階。リビングやキツチンが2階で顔を合わせずに生活も出来ます。旦那は洗面所やトイレ、冷蔵庫まで専用のモノを付けてワンルームマンションみたいです。専用の玄関も付けたいと言いましたがそれは却下しました。
damedakorea
2008/01/21 00:59
浜の真砂はつきるとも思い出話よもつきまじ。
かっちょええですね〜。
きっと奥方の言葉がおやびんの耳にさぞかし心地よく・・
しあわせいっぱ〜〜い!
あの某マンションの広告写真になったころですかい??

三十三間堂。
メートル法で言うとさまになりません。おほほ・・
ひよこ
2008/01/21 14:23
こりゃ驚いた。

小生も文京区に住んでおったので、ご近所だったわけだ。もっとも丘と谷を隔てるため、自転車での距離感は大きかったが。
ベルリンの壁崩壊だのソ連崩壊だの天安門事件だの湾岸戦争だの、小生の文京区時代は世の中的には色々あった。

昭和の終焉は、悲しかった。
明治帝の剛毅に対して昭和帝の平明。
われわれは、よき帝を持ちながら、じつに愚かであった。

とりとめもなく..失礼
kinny
2008/01/21 16:32
お絵かき6さん、
真砂坂上は、ほんとの話ですが、三十三間堂は、【第三十三夜】に引っ掛けただけなんよ。
マルコおいちゃん
2008/01/21 16:45
エリちゃん、
こんにちは。そうねとくに京都のアクセント満載のアナウンスはホントお気に入りだったようです。
しかし、いいなあ広いお家で。家内別居みたいでかっこいいし、うらやましい、なあ・・・
マルコおいちゃん
2008/01/21 16:48
ひよさま、
そうです、件の億ションの広告に無断で写真を撮られて載せられたころのことです。

三十三間堂は【三十三夜】の語呂合わせですってば。
マルコおいちゃん
2008/01/21 16:51
kinnyさん、
谷を隔てて、ということは本郷のほうにお住まいだったのですね。しかし、あいにくベルリンの壁崩壊だのソ連崩壊だの天安門事件などのころは、わたしはもうこちらへ来てしまっていました。
だから平成の数だけドイツに暮しているわけです。あの日本での最後の一年、昭和の終焉する時の気分は、たぶん一生忘れる事ができないでしょう。ある意味で一つの世界が終わってしまったのですから。
マルコおいちゃん
2008/01/21 16:55
関目成育。
駒川中野。
にほんはにほん
2008/01/22 05:00
にほんはにほんさん、,
What's that?
マルコおいちゃん
2008/01/22 16:58
地下鉄の駅名です。
にほんはにほん
2008/01/22 23:18
なるへそ、さては東京の地名がわからないので、意趣返し、というわけですね。
マルコおいちゃん
2008/01/23 00:15
え?んなアホな(爆)
にほんはにほん
2008/01/23 08:09
アホとちゃいますねん、バカでんねん。
マルコおいちゃん
2008/01/23 16:25
再爆
にほんはにほん
2008/01/23 20:36
爆笑腹上死したりして・・・
マルコおいちゃん
2008/01/24 00:10
「・・・」を「ぇ」と翻訳させていただきました。
にほんはにほん
2008/01/24 21:05
その意たるや、いかん?
マルコおいちゃん
2008/01/24 21:43
死ぬ時も楽しく、程度の意味で捉えましたでございます(笑)
あまり突っ込む話では・・・
にほんはにほん
2008/01/26 03:13
あっ、なるへそゥ
マルコおいちゃん
2008/01/28 16:36

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