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zoom RSS 【第二十七夜】 雨の九段下

<<   作成日時 : 2008/01/03 18:08   >>

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夜の坂道に雨がふっている。まもなく上からわたしと彼女が下りてくるはずだ。わたしは坂下でそれを見ている。雨はしっとりと坂道を黒くぬらしている。

鳥居の影で男がさっきからサキソフォンを練習している。こんな夜にこんな場所でいったいなんのつもりだろう。曲は≪三文オペラ≫のなかのものらしい。

わたしたちは、坂の上の寿司屋のテーブル席でにぎりの上を食べたところだ。今のわたしは知っている、それはわたしと彼女の別れの夜だということを。

こんな夜に九段まできたわけはもう忘れた。それが何時のことであったかさえ定かではない。遠い昔、というばかりである。実は想いだしたくないのだ。

彼女とはただの友達のつきあいだったから、別れるとかいうのはふさわしくない。だからそれと知らずにそれが最後の別れとなってしまったのだ。

わたしは臆病だった。彼女とはどうしてもふみこんだつきあいができなかった。その後、しばらくして結婚した彼女から急に電話があった。どうも考えていたほどの相手ではなく、わたしにその窮地をすくってもらいたい風をにおわせていた。だからわたしは、もう決まった相手がいるのでもう会えない、とあえて嘘をいった。

あの坂道での別れを大切にしたいという浅はかな思いが胸をよぎったからだ。

それほどぬれてはいなかったので、タクシーが止まってくれた。彼女をそれにのせてわたしはそのまま地下鉄駅におりていった。そのあとで取り返しのつかぬことをしたという悔恨の思いが吹き上がってきた。

あの九段の坂を黒くぬらしていた雨が、下手なサキソフォンの音と一緒にいつまでもわたしにこびりついて離れなかった。まるで歌謡曲の世界だな、と思った。サキソフォンの音もいつしかサム・テイラーのむせび泣くような卑俗な音にかわっていた。八代亜紀がぐっとこぶしをきかせて泣かせてくれるような演歌が胸を流れた。

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東西線を日本橋でのりかえるのをわすれて茅場町までのりこした。そのまま外に出て深川の方へ歩いた。いつしか見ているわたしと歩いているわたしが一つになっていた。

永大橋からみる河口のほうには倉庫郡が黒くうずくまって見えた。造船所のクレーンも怪獣のようだ。橋の下をたくさんの黒い水が流れている。

雨がいつまでもその黒い川面をうちつづけていた。また演歌の一節が胸にこみあがってきた。なんてさえない夜だろう。ブレヒトよりは阿久悠のほうが、わたしをうまく語ってくれるというわけだ。わたしとはそういう人間なのだ、と想った。




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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
お兄ちゃん、明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。

今回のエントリー、言葉に表せない切ない気持ちを思い出しました。。
胸の隙間にぽちっと残った瘡蓋のようなものが剥がれて過去を慈しんで思える様になった頃には・・
年を取っているんでしようか?
damedakorea
2008/01/04 15:18
エリちゃん、
あけおめことよろ。
確かに歳をくらって懐旧にひたっているところは否定できません。でもいつもそうなんですが、これがすべて事実ではなく、半分以上は創作であることをお忘れなく、ね。
マルコおいちゃん
2008/01/04 17:31
マルコさんはやっぱり日本人・・・という風味が漂います。
にほんはにほん
2008/01/16 07:52
にほんはにほんさん、
身体に染み付いた醤油臭さが抜けない、というわけです。
マルコおいちゃん
2008/01/16 17:05

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